トランスクリプト/Transcript

私は本当に悪い人でした。人を物として扱っていました。傷付けたりとか、うそをついたりとか、殴ってしまったりとか、殺したりとかもしました。相手になにも思っていませんでした。

自分の地位を守りたかったから、罪悪感とか、申し訳ないなあとかって言う気持ちじゃなくって、ただそういつをマジで本当に落としてやろうかなっていう気持ちでした。拳で本当に全部を、相手の人生まで全部蹴落としてそれでも俺は絶対上にあがろうっていう気持ちでした。偽りの自分を作り出す事によって相手にスキを与えない。自分を守る。心を開くと見透かされているっていう気持ち。ものすごく恐れていました。

私は元々ブッダの家で、ここにもある傷とか、物事を上から押さえつけられてきた教育しかしていなかったです。

てっつぁんていう友達がいるんですけども。そのてっつぁんにその教会に来ないかっていうまずその誘いがあったんですけど。行ってみなきゃわからないっていう気持ちでちょっと悩んだけれども教会に行くようになりました。まず最初にその教会の固定概念があったんですね。教会というのは、やっぱり暗くて、ステンドグラスがあって、すごく説教を上からものを言われるのかなってすっげえ思ったんですけども。来たときにその固定概念がガラっとかわったんですよね。というのは、入ってきた時に皆がすごい良い笑顔だったんですね。想像してもらうと。握手して、そして、握手の先に目を見ますよね皆。そしたら、その目の奥底が皆輝いていたんですね。すごい愛を感じました。今まではない愛で、とても超アバウトだったりとか、約束事でも約束していない、心が見えていない、けれども皆が良い笑顔して、皆目が透き通っていて、愛があるなあって。そこで自分はもともと愛を求めていたっていうのに気づきましたね。

そして祈ってもらいました。そしたら、自分の心の中を「ふっ」て取られたような感じ。その賛美をしている時に、ふと気づいたら、私は涙をばーっと流していました。そこで俺、初めて、俺、ここにいる意味があるんだなって、ああ、俺って本当に生かされてんだなあ」って思いました。なので、イエス・キリストは絶対にいるって思いました。そこで救われたなあって思いました。

私は今まで偽りの自分でした。心を出せない自分っていうのが本当にいたんですけども。人に傷つけられたくないとか、自分をださないそれがかっこいいとかって思っていましたけども。今は違います。それがすべて真逆であって、イエス・キリストに全部委ねると本当に良い笑顔になるし、そして心も開けるし、本当に自分が今生きてるんだなって言うのが実感できました。今までがあったから、今まで自分が偽りだったから、今ここに生かされてるんだなって、それが喜びになりました。自分の心じゃない。自分が下からじゃない。もうイエス・キリストが全て俺を見てもらって、自分を見てもらって、自分を作り上げてきて、そして、それにただ自分は心委ねる、ただそれだけなんですけど。

今、本当に目の前に傷ついてるやつがいると思うけど、その傷ついてるやつ、本当にみんな大丈夫だよ、絶対、なぜかって言うとイエス・キリストはあなたの傷を全部知っているから。今までの過去は皆ゆるされたから、だから今俺が赦された、本当にその一人でも多くその喜びに早くなってもらいたいです。イエス・キリストを受け取ってほしい。

NOBORU SHINOZUKA

地位のために相手を蹴落として自分が上にあがる。そんな生き方をしていた。自分を見透­かされないように偽りの自分を作っていた。でもある日教会に誘われて行き始めてから、自分が本当は愛を求めていた事に気付き、人­生が変えられていったライフストーリー。

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